アジア文化講演会「生きる場所、集う場所」を終えて
2020年2月から始まった新型コロナウィルスの世界的な感染拡大により、2020年度は海外からの講師をお呼びすることが難しくなり、講演会を実施することができませんでしたので、3月5日のアジア文化講演会は2年ぶりの開催となりました。
感染が継続しているために、2021年度は福岡アジア文化賞受賞者の中で国内にいらっしゃる方を講師にお招きして講演会を開催しました。特にコロナ感染により公演等の中止が余儀なくされてきた演劇等のパフォーミングアーツの分野において、1980年代からアジアの演劇人との交流や合同公演を続けて来ておられた劇作家、演出家の佐藤信さんに、コロナ後にめざすアジアとのパフォーミングアーツを通した共生についてご講演いただきました。
第1部:佐藤信氏講演
2部構成前半の講演では、先ず、佐藤信さんが自己紹介をかねてこれまでの演劇活動を簡単に説明されました。1970年代に黒テントによる日本国内での演劇活動を続けていて、80年に最初のアジア体験であるPETA(フィリピン教育演劇協会)での演劇ワークショップに参加し、開催を通じて始まったアジアの舞台芸術関係者との交流と韓国の詩人、金芝河(キム・ジハ)を通じて知った韓国のマダン劇について紹介されました。これらの体験が演劇の社会的役割について考えるきっかけを与えてくれたそうです。
続いて、1990年代にはバンコク、クアラルンプール、ジャカルタ、マニラ等の東南アジアの都市で、作曲家高橋悠治、舞踊家竹屋啓子さんたちと一緒に公演したACAW(Asian Contemporary Arts Workshop)へ参加した時の様子を話されました。この時に東南アジアにおいて日本の戦争の残した影響を実感したそうです。これをきっかけに始めた、アジアの演劇人からの手紙をパンフレットにまとめて送ることによるネットワークづくりの活動が、その後の連携に繋がっていったことなども語られました。
90年代後半から2000年代は「ダンス東風」のバンコク公演やクアラルンプールのFive Arts Centerでの「トラップ(囚われ)」公演の模様が紹介されました。この時代に、シンガポールの故・郭宝崑(クオ・パオクン)、マレーシアの故・クリシェン・ジット(Krishen Jit)、香港のダニー・ユンさんら知り合った同世代の演劇人のそれぞれの仕事についての簡単な紹介がされました。
2010年の上海万博の政府館の総合演出を行ったことにより南京の昆劇院をはじめとする東アジアとのお付き合いが始まり、特にダニー・ユンさんとはこれを通じてより頻繁に交流を行うようになったそうです。
これまでのアジア交流を通じて、近代以降のアジアにおける日本が行ってきたことへの謝罪の念を込めて歴史を記憶することの重要性の問題(日本人は忘れてもアジアの人たちの間では伝え続けられているという現実)にも言及されました。
第2部:対談:佐藤信氏×吉本光宏氏
後半の、文化プランナーである吉本光宏さんとの対談では、吉本さんがスタッフとして参加した世田谷パブリックシアターの基本構想を作る会議で佐藤信さんと初めて出会ったことから話しを始められました。
対談の中で、お二人はともに、数人のアーティスが一緒に時間を過ごす中で意見を同じくしたり、あるいは互いが異なることを認め合うなどができるアーチスト・イン・レジデンスの重要性について語られました。
また、コロナパンデミックによって生じた問題についても議論が進みました。
佐藤さんからは、結果的に良かった点がまず指摘されました。(1)すべての活動にブレーキがかかったことで、かえって考える時間が与えられた。(2)zoomでアジアの人たちと話す頻度が増えるなど、情報通信技術の発展が新しいコミュニケーションを生み出している。
その一方で、舞台芸術では観客が舞台に与える影響が大きいため、バーチャルな環境にはどうしても置き換えられないことがあるなど、リアルな舞台との比較についても話が展開し、情報環境とパフォーミングアーツに特有の問題が深められました。
佐藤さんが「明るい感じを持つ」と言われる未来のことについては、
– シェア
– (小さな)ネットワーク
– トランスボーダー
という3つのキーワードをあげて説明されました。
以上のように、パフォーミングアーツやアジアや未来など多様な話題についての話し合いが行われました。
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