「文学が描くイタリアと移民」(栗原俊秀氏講演会)を終えて
今年度の講演会はイタリア文学に関してお話をいただくことになり、翻訳家の栗原俊秀さんに「文学が描くイタリアと移民」をテーマにご登壇いただきました。
栗原さんは、京都大学を卒業した後にカラブリア大学に留学しました。そこでの現代イタリア文学の講義で読んだ作家アマーラ・ラクースの作品のテーマが移民についてだったことから、このテーマに興味を持ったそうです。ラクースは、自分自身がアルジェリア系というバックグラウンドを持つこともあり、イタリア社会における移民の生き方に強く関心を持っている作家だったそうです。
現在、イタリアには多くのアラブ系やアフリカ系など、見た目からして明らかにヨーロッパ人ではない人たちが暮らしています。ある日本人旅行者の感想文には「外国人の給仕係が多く、イタリアではないようで、どこかなじめませんでした」という記述があり、そのような状況になっているそうです。
そして、この外国人たちの境遇は、イタリアの重要な現代作家メラニア・ガイア・マッツッコが書いた小説『ビータ』に描かれている状況を連想させるといいます。その小説では「表玄関の門には、『犬、黒人、イタリア人、立ち入り禁止』と書いてあった」と述べられており、20世紀初めのニューヨークに暮らしていたイタリア系移民たちの境遇が描かれています。
このように、現代のイタリア文学だけではなく、20世紀前半にアメリカに移住したイタリア人の子孫の作家たちがアメリカで書いている作品も紹介しながら、栗原さんは次の点を説明されました。20世紀初めのアメリカでイタリア系移民が大変厳しい差別に晒されていた状況と、現在イタリアに住んでいるアラブやアフリカからの移住者の状況が類似しているということです。
これを歴史的に見ると、イタリアも日本と同様に、第二次世界大戦後に「奇跡の経済復興」という時代があり、そこで非常に豊かな国の仲間入りを果たしました。その後、アジア、アフリカ、アラブからの移民を引きつけるポジションになったのです。イタリアから外国へ旅立っていくエミグランティ(移民)の数と、外国からイタリアに入ってくるインミグランティ(移住者)の数が逆転したのは、1970年代に入ってからのことだったということです。
栗原さんが引用された作品の中で特に多かったのが、『デイゴ・レッド』というイタリア人を侮蔑する言葉をタイトルとした小説を書いたジョン・ファンテという作家の作品でした。ファンテはイタリア系アメリカ移民第二世代の、英語で書く作家で、研究者たちはこの作家の作品をイタリア系アメリカ文学について研究する上で最も重要な作家と位置づけているそうです。そして、イタリアの作家たちが非常に熱心に読んでおり、今ではアメリカ本国よりもイタリアのほうが人気があるのではないかということです。
現代イタリアの作家アマーラ・ラクースやカルミネ・アバーテの作品も詳しく紹介されました。彼らは、かつてのイタリア系移民の経験と、現代イタリアにおけるアラブ系やアフリカ系移民の状況との類似性に注目しており、「言葉と宗教と肌の色を変えただけの同じ物語」が繰り返されているという「移民の歴史の回帰性」という視点が提示されました。
講演の冒頭で語られた、栗原さん自身の翻訳家としての原点が印象的でした。
もともと研究者を志していた栗原さんが翻訳を中心に活動するようになったのは、「研究論文を書く際には文学作品を都合よく利用しているような後ろめたさがあり、むしろ作品全体を読者に届ける翻訳という仕事に魅力を感じた」からだと紹介されました。文学に対する栗原さんの誠実な姿勢とお人柄が強く伝わってくるお話でした。
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