「日本映画は中国でどのように愛されてきたのか」を終えて
中国と日本の映画交流について長年研究しておられる劉文兵氏(大阪大学言語文化研究科専任教員)を講師に迎えて、「日本映画は中国でどのように愛されたか」というテーマで講演していただきました。その後、講演で説明された当時のヒット作品『サンダカン八番娼館 望郷』(熊井啓監督、1974年)を観客の皆さんに見ていただきました。
中国で文化大革命(1966~76)が終焉して、中国のプロパガンダ映画や北朝鮮、ルーマニアなどの社会主義国映画以外の外国映画が上映されるようになった時、中国国民10億人の精神的飢餓感を潤した映画が日本映画でした。当時紹介された日本映画の一本が『サンダカン八番娼館 望郷』で、1978年10月公開当時に熱狂的な人気を博し、北京では映画のチケットがダフ屋で10倍以上の値段をつけて売られていたことからもそのブームのすごさが推し量られると思います。中国映画第6世代の代表的な監督ジャ・ジャンクーの『プラットホーム』の中でも、当時の映画館に集まる観客の様子が再現されています。
それでは、日本でも『キネマ旬報』の日本映画ベスト1に選ばれる等高い評価を受けていたこの作品が、なぜ日本以上に中国で評判となったのかを、劉氏は次のように分析しました。
(1)日本社会で抑圧されてきた女性の運命を描いた『サンダカン八番娼館 望郷』の基調をなすセンチメンタルな語り口が、文革を経験して中国共産党による思想教育を受けてきた中国人に馴染みやすかった
(2)この作品で描かれた売春婦という素材から、当時の若者にとって一種の成人映画、ポルノ映画として受容された
(3)文革イデオロギーを打破して改革開放路線を打ち出した鄧小平が主張する体制転換のメッセージに合っていた
当時の中国国内の社会状況と共振することにより、『サンダカン八番娼館 望郷』は多くのファンを生んだのでした。本作品や『君よ憤怒の河を渉れ』(佐藤純彌監督、1976年)などによる「日本映画祭」が1978年11月に開催され、以降91年まで毎年日本映画が中国で紹介されるようになりました。この映画祭は、日中映画交流を採算を度外視して支えていた徳間康快氏が立ち上げた東光徳間が主催して、当時の日本映画の代表作を中国の人々が見る機会となりました。
映画祭で紹介された『砂の器』『泥の河』やその他の作品が、陳凱歌や張芸謀などの中国第5世代の監督たちに、演出やキャメラワーク、編集など映画技法においても影響を与えていたことを、直接これらの監督たちに劉氏が行ったインタビューの内容を紹介しながら示されました。また、日本映画からの影響も、文革時代に直接農村に下放された第5世代の監督たちと、日本映画祭を青少年時代に観客としてみた第6世代では大きく違っていることが第6世代の王超監督の言葉などで具体的に説明されました。
日中の国交が正常化した70年代以降に、中国で日本映画がどのように受容されてきたのかがよく理解できる講演会でした。ただ、新型コロナウイルスの感染予防のために、通常240人の定員を50人に限定せざる得なかったのが残念でした。
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【講演録ができました】
講演内容をまとめた書籍を刊行しました。
→ 『日本の映画作家と中国』
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