「宗教・文化からみたロシアとウクライナ」(高橋沙奈美氏講演会)を終えて
今回の講演会ではロシア・ウクライナ地域の宗教・文化がご専門の高橋沙奈美さんに、現代世界で最大の懸念となっているロシアとウクライナの問題を、主に宗教の面から解説していただきました.
2022年3月24日以降、両国の戦争状態については連日マスメディアで報道されていますが、その内容は軍事的・政治的なものがほとんどです.もともと東欧諸国は日本にとって近い国とはいえず、その歴史や文化について意識に上る機会は多くありません.ましてロシアとウクライナ間の宗教事情となれば初めて聞く人も多かったと思います.本講演会では、複雑に絡み合った両国の宗教・文化を高橋さんに丁寧に解きほぐしていただき、それらがいかに今回の侵攻の遠因となっているかを学んでいきました.いままさにホットな問題であるため、当日はほぼ満席の熱気のなかでの講演会となりました.
東方正教会
高橋さんのお話は、東欧圏を中心に根付いている東方正教会の組織構造の特徴から始まりました.
東方正教会は同じキリスト教でもローマカトリックとは異なる教会制度をとっています.ローマカトリック教会はヴァチカンのローマ教皇を頂点におき、さまざまな国、地域、民族の聖職者、あるいは教会がヴァチカンを下から支えるピラミッド構造になっています.これに対して東方正教会はいくつかの領域に分かれており、それぞれの領域ごとに最高権威の聖職者、総主教が置かれています.ローマカトリック教会がラテン語を、東方正教会が古代ギリシャ語を典礼語としている点も大きな違いです.
歴史的にみると東方正教は東ローマ帝国(ビザンツ帝国)の帝都コンスタンティノープルを中心に発展し、988年にルーシ(キーウを中心とした都市国家)の君主ウラジミール1世が受洗し、その後東スラブ地方(現在のウクライナ、ベラルーシ、ロシアにあたる)に伝播していきました.高橋先生は、現在戦争状態にあるウクライナとロシアにおいては、今も教会が重要な役割を果たしていることを示唆しながら、その役割を「つなぐ」「分かつ」「支える」の三つの視点から解説されました.
宗教面でのつながり
ウラジミール1世が受洗した頃、その地方は「ルーシ」と呼ばれていました.それは現在の「ロシア」の語源であり、ロシア、ベラルーシ、ウクライナの3民族の共通の祖と言われています.
また、ビザンツ帝国がオスマントルコに敗北すると、コンスタンティノープルの総主教は16世紀末、モスクワに総主教座を作ることを容認.これによりロシア、ベラルーシ、ウクライナの東方正教の管轄がモスクワに移ります.
こうして、ロシアから見るとウクライナは
– 共通の祖から生まれた国である.
– 宗教的にも、モスクワ総主教が管轄する東方正教会に属する.
として、自国の一部であるという考え方が広がっていきます.
政治的対立と教会の分裂
しかしウクライナの人々はロシアから分離独立することを望んでおり、1917年のロシア革命でロシア帝国が滅亡した時、またソビエト連邦が崩壊した時にも独立を試みており、ソビエト連邦崩壊後にはウクライナの独立が認められました.
さらに独立後の2013〜14年には、欧州連合(EU)参加を希望する政策が親ロシア的な政権によって見直されたことを契機に、異議を唱える市民たちによる大規模なデモへ発展、ユーロマイダンと呼ばれる革命が成立しました.一方、この革命に対して危機感を感じたロシアは2014年にクリミア半島を併合する暴挙に出ましたが、その時は欧米諸国が連帯してロシアに対抗しなかったため、ロシア側にとって都合の良い独自の文明観「ロシア世界(ルスキー・ミール)」の存在感が示される結果になりました.ロシア正教会もこれを支持する立場をとっています.
しかし今回の2022年のロシア侵攻に際しては、欧米諸国が結集してロシアに対抗したため、ウクライナのロシア正教も
– ウクライナのナショナリズムを支持するロシア正教徒
– 親ロシア的な考えを持つロシア正教徒
の二つに分裂してしまいます.
社会を支える宗教
ですが宗教のコアには、政治やナショナリズムによって分割できない「信仰」があります.
長引く戦争状態のさなか、それまで国や自治体が果たしてきた公共事業を、現在では宗教団体が補っている状況があるそうです.そしてその役割は非常に重要ものとなっていることが具体的に報告され、講演は終わりました。
マスメディアではなかなか報じられない側面からのアプローチに、講演後の質問も多く出され、活発な講演会となりました。
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