「本の未来を拓く」を終えて
現在、新刊書店が街から次々と姿を消し、本と人との出会いの場が減少している一方で、新刊の発行点数は飛躍的に増大しています。また、本自体も紙からデジタルへと形態が変化しつつあります。このような大きな転換期にある「本」の現在と未来について考えるセミナーを2025年3月1日に開催しました。
フリーライターで本の業界に詳しい永江朗さんをコーディネーターに迎え、一冊入魂で小さな総合出版社をめざしているミシマ社代表の三島邦弘さん、独立系書店の先駆けとして福岡でユニークな書店経営を続けるブックスキューブリック店主の大井実さんを講師に、本に関して様々な角度から話し合っていただきました。
永江朗氏:出版業界の現状と課題
最初に永江氏から、全国の書店数の変化や本の流通システムなど、マクロな視点から日本の出版業界の現状について俯瞰的な説明がありました。
書店減少の深刻さは、経済産業省が「書店復興プロジェクトチーム」を設置するほどです。その主な原因として永江氏は次の点を指摘されました。
・人口減少が進んで、雑誌を筆頭に本が売れなくなったという経済的な原因
・ネット書店の普及など販売形態の変化
・書店の後継者不足
また、書店経営が厳しい構造的問題として、書店の低いマージン率や、売りたい本を自由に仕入れられない日本特有の流通システムについて詳しい説明がありました。そのなかで、書店を守るために続いてきた再販制と委託制という制度(=定価販売制と返品制度)、そして本の選択から配本まで行う取次会社が、物流・情報提供・決済の流れを独占的にコントロールしている日本の出版流通独特の商習慣に関する問題が見えてきました。
三島邦弘氏:理念を大切にする小さな出版社
三島氏が出版社の編集者から独立して小さな出版社を立ち上げた背景には、出版業界の現状への問題意識がありました。「とりあえず多くの本を作って見かけ上の売り上げを膨らませて回していけばいい」という傾向が業界に蔓延しており、本の返品制度(返品率は40%にも及んでいる)がそれを助長しているといいます。こうした状況のなかで作り手たちが思いを込めて本を作ることは難しい、と三島氏は考えたそうです。
そこで三島氏は新たな取り組みを始めました。取次を通さずに書店と直接取引を行い、書店が実際に希望する冊数だけを出荷すること、また書店のマージン率を今より上げる努力をすることなどです。これらによって、出版社と書店、読者との距離が「ぐっと縮まってきた」という手ごたえを感られるようになったとして、その経緯を熱い言葉で語られました。
大井実氏:コミュニティとしての書店
ファッションや美術のイベント企画・制作業界から転身し、故郷の福岡市で2001年に書店を開店した大井さんは、本に関してはなんでも応えられるコンシェルジュの役割を果たしたいという思いを込めて、デザインにも工夫を凝らした新しいタイプの書店をオープンされました。2008年には2店目を開業。書店の2階には飲食ができるカフェを併設し、著者とのトークイベントを頻繁に開催。さらに雑貨販売や展覧会等の文化催事を行うなど、書店にコミュニティ施設としての役割も持たせるなど試行錯誤を重ねています。
また、自分の書店だけではなく、本好きの有志が実行委員会を作って福岡における本の祭り・総合的なブックイベントの「ブックオカ」を06年からスタートさせて、通りでの古本市やトークショーを開催して街ぐるみで人が本と親しむきっかけや風潮づくりに取り組んでおられます。その10周年を記念して、書店、出版社、取次の人が一緒に「本屋がなくなったら、困るじゃないか」というテーマで、2日間で10時間にわたってトークを行い、本を通じて人と人が繋がれることがわかってすごく新鮮な思いがした、と話されたのは印象的でした。
ディスカッション:本の未来に向けて
最後に3人によるディスカッションの中で、本屋さんのマージン率をきちんととるために本の価格をどのように見直すか、そのためにはこれまで続いてきた定価販売制と再販制の見直しは当然やらなければいけないが、コロナ禍における旅行業救済のために考えられたクーポン券制度に似た制度の導入の必要性など、新しいアイディアについても意見交換されました。
出版流通の構造的課題を認識し、新たな形で本の文化を守り育てていくヒントが詰まった講演会となりました。
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