「江戸時代における長崎への画家遊学」(福岡ユネスコ・アジア文化講演会)を終えて
福岡アジア文化賞の受賞者を講師として開催する「アジア文化講演会」、今年度は学術研究賞を2022年に受賞されて、現在、国際日本文化研究センター教授を務めておられるタイモン・スクリーチさんに、「江戸時代における長崎への画家遊学 ~司馬江漢を中心に~」というテーマでご講演いただきました。
司馬江漢と日本絵画の流れ
流暢な日本語で講演されるスクリーチさんのお話は、江戸時代において日本における洋風画の優れた描き手として先駆的役割を果たした司馬江漢が18世紀に突然現れたわけではなく、江漢が出現するような文化的条件がその時代の背景としてあった点を示唆し、特にそれまでの日本絵画で中心的だった漢画(唐絵)と和画(大和絵)を説明するところから始められました。
司馬江漢と江戸文化
中国の明朝が滅んで清朝に替わる17世紀中葉に、中国の名僧・隠元が長崎に来て留まった後、京都に移り宇治に黄檗宗萬福寺を建立しました。その後、江戸にも同宗派の五百羅漢寺が開山して中国の文化人が集まる場ができたことにより、沈南蘋等の中国の最新絵画が江戸に伝わります。また、将軍が徳川本家から紀伊藩の吉宗に替わり、オランダとの貿易においてもキリスト教と直接関係がない絵画などの文化品も持ち込めるようになり、吉宗に献上されたオランダ絵画が五百羅漢寺で展示されて、多くの江戸市民が目にするようになりました.
このような時代の変化の中で、従来の浮世絵とは少し画風が異なる浮世絵師の鈴木春信が登場し、江戸の町人司馬江漢はその工房に入ることになります。春信は、近くに住んでいた有名な蘭学者の平賀源内とも交流がありました。このような江戸の文化環境の中で、江漢は蘭学に興味を持つようになり、長崎に絵を学びに行こうと思うようになります。
長崎の司馬江漢
江漢が長崎に行くまでの道中の様子を書いた『西洋旅譚』の文章や挿入画も映像で示しながら、道中でオランダ眼鏡を使った見世物を行って旅費を稼ごうとした逸話等江漢の人柄や才覚についても紹介されました。
江漢の長崎行きを中心に、その途中の風景や、到着後に訪れたオランダ商館の内部の様子などの挿絵について詳しく説明されました。また、長崎で会ったオランダ通詞の吉雄耕作(耕牛)、松浦藩の松浦静山、また帰路立ち寄った大阪の文化人木村蒹葭堂など、18世紀の先端的な文化人についても詳しくお話しされました。
最後に、吉雄耕作へお礼として即興で描いた墨絵の耕作像について詳しく分析し、特に西洋の絵画ではリアルに描くのではなくシンボルとして「たとえ」を用いる(トランペットは名声を、竪琴は芸能を表すなど)手法を使っていることを指摘して、ロジックやメタファーという西洋絵画の重要な要素を司馬江漢が長崎遊学できちんと理解していたことを紹介してお話を終えられました。
植松有希氏の振り返りと対談
講演後には、板橋区立美術館学芸員の植松有希(うえまつ・ゆうき)さんとのトークを行って頂きました。植松さんは近世絵画が専門であり、現在の板橋区立美術館に勤務する前は長崎歴史文化博物館で研究員として10年近く務められ、江戸時代に全国から遊学してくる人たちを受け入れた長崎における画家たちの研究を行っておられました。スクリーチさんが講演で使用された画像を再度振り返りながら、講演で示された内容に関する踏み込んだ質疑を行い、参加者のテーマについてのより深い理解を促すトークとなりました。
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