「ラテンアメリカ文学の魔力」(寺尾隆吉氏講演会)を終えて
「文学の街」北九州市で開催する翻訳文学についての第7回目の講演会は、ラテンアメリカ文学についての講演となりました。講師は2000年代後半から中南米の様々な作家の作品を精力的に翻訳しておられる寺尾隆吉さん(早稲田大学社会科学総合学術院教授)にお願いしました。
ラテンアメリカ文学は1960年代から世界的にブームとなり、60年以降5人の中南米の作家がノーベル文学賞を受賞していますが、寺尾さんは講演のテーマを「 ラテンアメリカ文学の魔力 ——ガルシア・マルケスとバルガス・ジョサを中心に」として、ノーベル賞を受賞した著名な二人の作家の歩みを中心に、同時代の他の作家の仕事にも触れながらお話をされました。
マリオ・バルガス・ジョサ
1936年にペルーで生まれたマリオ・バルガス・ジョサは、士官候補生の学校に進学した後に大学に入学、19歳の時に年齢を詐称して叔父の妻と結婚。58年に奨学金を得てマドリードに滞在して、60年からパリで本格的に小説を執筆するようになります。パリではスペイン語講師等様々な職業を転々としながら、また妻に支えられながら執筆し、アルゼンチンの作家フリオ・コルタサル(『石蹴り遊び』1963年等)との出会いもあり、『街と犬たち』を63年に出版します。また、バルガス・ジョサは59年に勃発したキューバ革命にも心酔し、創設された雑誌『カサ・デ・ラス・アメリカス』に寄稿するとともに何度もキューバを訪問してフィデル・カストロにも会っています。
ガブリエル・ガルシア・マルケス
一方、ガブリエル・ガルシア・マルケスは1927年にコロンビアのアラカタカで生まれ、ボゴダ国立大学で法学を学び、20代後半からヨーロッパとアメリカ大陸を転々とした後にメキシコシティに住むようになります。メキシコで映画や広告関係の仕事に従事して、メキシコの作家カルロス・フエンテス(『澄みわたる大地』1958年等)の支援を受けて61年頃に『大佐に手紙は来ない』や『悪い時』などの中・短編の本を刊行します。
二人の出会いと別れ
この二人の作家には特別な物語があります。二人が初めて対面したのは、オイルマネーで沸くベネズエラが1964年に創設したロムロ・ガジェゴス文学賞の67年の授賞式で、関連イベントを含めて10日間くらい一緒に行動して親しくなったということです。当初はバルガス・ジョサが1971年にマルケスの作家論『ガルシア・マルケス論 ——神殺しの物語』を出版してマルケスを高く評価し、その後二人は友情の絆を結んでいくのですが、76年にジョサがメキシコシティでマルケスにパンチを食らわせるという事件が起こり、真相は謎のままですが、それ以降絶縁状態に陥り、マルケスは2014年に亡くなってしまうというねじれた関係にありました。そのためにジョサのマルケス論の本は以降再刊されることもなく来ていたわけですが、それが2021年に急遽再刊されることになりました。現時点においては、『ガルシア・マルケス論 ——神殺しの物語』はスペイン語の原書以外に他言語に翻訳されたものは、寺尾さん翻訳による日本語版しかないという、翻訳大国日本の面目躍如の事態が起きている訳です。
ラテンアメリカ文学ブームとその衰退
寺尾さんの情報量満載のお話の中で、ラテンアメリカ文学がなぜブームとなったかについて、同じスペイン語圏の国の文学であったこと。カストロやゲバラによるキューバ革命がラテンアメリカの連帯を促したこと。当時出版市場が活性化しており、ラテンアメリカ文学が読んで面白い「物語」の復興を目指していたことなどの要因を挙げられました。また、出版業の中心地がスペインのバルセロナにあり、そこの編集者やエージェントの活躍も大きいなど人的なネットワークの強さについても指摘しておられたことが印象的でした。
最後に、ブームの終焉が革命の経過の中でキューバがソ連共産党に急速に接近して行き、ソ連のプラハ侵攻を支持するなどキューバが他の中南米の国々から不信に思われるように事態となり、政治的要素が文学者の足並みを乱れさせて個々の作家の友情にも亀裂を生んでいったことにまで話は及びました。
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