「往還する日・韓文化の現在」(伊東順子氏講演会)を終えて
ここ5年くらい「日韓関係は最悪だ」と日本のマスコミでは報道され続けてきました。
韓国において、慰安婦問題と徴用工問題という日本統治時代の歴史問題に焦点が当てられ、一歩も前進できないような両国関係が続いてきました。それに呼応して、日本国内ではヘイトスピーチや嫌韓本の増加などが見られました。しかし、その一方でK-POPグループの日本での人気は高まり、韓流ドラマでは日本のドラマ以上にヒットした作品がいくつも出てきました。このようにマスコミの報道とは少し違った日韓関係の現実について、韓国に住んで日韓を往復しながら30年以上を過ごしてこられたライターで、通訳・翻訳の仕事もされる伊東順子さんにお話をしていただきました。
富裕化する韓国
伊東さんは前半、ご自身が撮影された釜山とソウルの最近の写真を提示しながら、タワーマンションが乱立するなど激しい都市開発の様子にふれました。またスポーツカーをはじめ欧米の高級車が増加し、一般の乗用車も日本より大型化するなど、外見的には日本よりも裕福な感じがする最近の韓国社会を紹介されました。
さらに、現金での支払いがほぼ無くなった状況で日銭を稼ぐ個人商店経営者の工夫や、メニュー選択がパネル操作となって接客が無人化したファストフード店の様子など、日本よりもIT化が進んだ韓国の日常生活も紹介されました。
90年代以降の韓国と日韓関係
後半では、伊東さん自身が韓国語を学ぶためにソウルに住み始めた1990年から現在までの30年間の韓国の成長ぶりと、その間の日韓関係について話をされました。
1990年は民主化してまだ3年しか経過しておらず、大統領は軍人出身の盧泰愚(ノ・テウ)氏で、学生運動も続いていました。その頃の韓国のGDPは日本の3分の1と発展途上国の状態だったそうです。
90年代は、産業界で隣国の日本から学ぶことが奨励されていましたが、97年のアジア通貨危機問題で韓国も外貨が不足して「国家倒産の危機」を経験しました。しかしこの時代は大統領が金大中(キム・デジュン)氏で、その指導力で危機を乗り切りました。翌年に金大統領は訪日し「日韓パートナーシップ宣言」を発表、未来志向の日韓関係を提唱しています。これにより韓国では日本文化が解禁され、日本の映画や音楽などが正式に流通し始めました。
その後2002年にはワールドカップの日韓共同開催が行われ、03年頃から韓国ドラマ『冬のソナタ』を皮切りに韓流ブームが巻き起こり、文化的な相互交流は活発になると同時に定着化して行きました。
一方、外交関係においては2004年に始まったシャトル外交も2005~8年の間は小泉首相の靖国神社参拝により中断してしまいます。その後外交関係が復活したものの、今度は11年に李明博(イ・ミョンバク)大統領が竹島に上陸したり、慰安婦問題、徴用工問題が焦点となって再び外交関係が不調になりました。そして、戦後最悪と言われるような両国関係に陥って行きます。
そんな両国関係の中でも韓国の経済発展は順調に進み、2019年頃を境に国民一人当たりの購買力で韓国が日本を上回るようになりました。グラフでも示されましたが、1980年代から日韓ともに一人当たりのGDPは右肩上がりで上昇しており、身近な韓国を訪れる日本人も増加し、1998年韓国で旅行の自由化が認められて以降は日本を訪れる韓国人の数も上昇傾向となり、為替の変化により増加・減少の波はあっても互いの国を訪問する人の数は増えていました。
外交関係と文化交流のアンバランス
このように、観光を中心にした人の行き来を見る限り両国の実質的な交流は滞っていないのに、新聞やテレビでは「国交正常化以降最悪の日韓関係」と報道されるアンバランスについて、伊東さんは「いったい誰にとって最悪なのか」と疑問を呈しておられました。その最悪と言われる時期に日本では、BTS(世界的トップスターとなったK-POPグループ)のファンは確実に増加しましたし、韓国のベストセラー小説『82年生まれキム・ジヨン』が邦訳・出版されベストセラーになって、それまで嫌韓本が山積みされていた書店の雰囲気を一変させるなど、韓国文化が日本の大衆文化に根づいて行ったことも指摘されました。
以上のように、韓国に住み始めた時からの30年間を振り返り、日本と韓国の国民が互いの文化を閉ざさずに受け入れて、文化交流がちゃんと行われている現在の状態はいい両国関係だ。また、文化交流によって、相手の問題や相手の行動を知ることによって、自分が変化するきっかけになる可能性があることも強調されました。
【講演録ができました】
講演内容をまとめた書籍を刊行しました。
→ 『往還する日韓文化——日本文化開放から韓流ブームまで』
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