「琉球沖縄史を見る眼 〜なぜ『茶と琉球人』を書いたのか?」を終えて
講師である琉球大学国際地域創造学部准教授の武井弘一さんは講演の初めに、沖縄で唯一の日本近世史研究者であると自己紹介されました。それでは、武井さんが『茶と琉球人』(2018、岩波新書)という琉球史の本をなぜ書くようになったのか。
熊本県人吉市生まれの武井さんは、教員を目指して東京学芸大学に進学して、将来は故郷に戻って高校で日本史を教えながら人吉藩の研究をしようと考えていたそうです。しかし、地元での就職がかなわずに千葉県の高校で教えることになりました。その後出身大学の付属高校で、これまで日本史の授業を受けたことがない海外から帰国した生徒に対して日本史を教えることにより、理解してもらえる授業のスキルを磨いていったということです。
大学時代の師のことば「歴史学と歴史教育を両立させなさい」を心構えとして、高校で教えながらも日本近世史研究を続けてきたことにより、琉球大学で採用が決まり、2008年から沖縄に住むようになりました。そして、自立した琉球の歴史を過去に持っていた沖縄では、日本史は「外国の歴史」のように思えてくる現実に愕然とされたそうです。
沖縄に移ってそこで知ったことの一つが、近世琉球では「球磨茶」が愛飲されていたこと。そして、もう一つ分かった事実が、戦前に沖縄の学童たちが疎開した受け入れ先の一つが人吉・球磨地方であったことでした。これら二つのことが、琉球・沖縄と武井さんを結びつけることになりました。
特に後者の疎開については、沖縄で実際に疎開した人と会ってお話を聞く機会を得て、当初対馬丸に乗船する予定であったのが別の貨物船に変更されたことにより生き延びられた人の話など、知らなかった事実を知る機会になったそうです。帰り際にある人から「武井先生は、この疎開の話を聞いて、この先どうするのですか?」と言われたその言葉に、疎開した方々が高齢になられるとともに、アメリカ軍から激しい攻撃を受けた沖縄戦を直接体験していないために、沖縄で疎開の話をほとんどする機会がなかった人たちの生の声を聞いた責任を武井さんは感じるようになったそうです。
以上のような背景のもとに執筆された『茶と琉球人』では、日本近世史の研究においては常道である手法を使って、近世琉球の新しい一面を浮かびあがらせることができた点を説明されました。これまでの琉球の歴史は王府の歴史であったので、「庶民の姿」を捉えてみたこと、そして、琉球を一括りでなく「地域の視点」から描いてみたということです。
その結果わかってきたのが、近世琉球の時代は耕地面積も拡大して、農業型国家ができあがっており、食料の自給ができるようになっていたこと。そして、庶民は遠く人吉から薩摩を通して輸入された、嗜好品であるお茶を嗜むことができるほど豊かな生活を送っていたという社会像です。農業については沖縄の年中行事の中にも稲作の儀式が残っていることなどから推察できますが、既に近世琉球の生態系は現在の沖縄にはもう残っていないということです。
青い空、青い海、どこまでも続くサトウキビ畑という我々が抱く沖縄のイメージは、近代の風景であって近世琉球の風景ではない。これまであまり知る機会がなかった琉球の歴史の一面を知ることができるとともに、沖縄戦については受け継がれてきているものの琉球の通史自体があたかも「外国の歴史」のような位置づけになりつつある沖縄の歴史教育の現状も知らせてくれる講演会でした。
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【講演録ができました】
講演内容をまとめた書籍を刊行しました。
→ 『琉球沖縄史への新たな視座』
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