「アジア映画の面白さとは何か」講演会・上映会を終えて
最初の講演の部で講師を務められた田井肇さんが、ご自身の映画館、アート系ミニシアター「シネマ5」を大分市で始められたのは、1989年1月7日という昭和最後の日だったそうです。以来、現在まで3つの時代を跨いで映画を上映し続けていることから話を始められました。
アジア映画との出会い
「アジア映画とはこのような映画なのか」と田井さんが最初に認識した映画は、1988年に「ベルリン国際映画祭」で見た『紅高粱』で、89年秋に日本題名『紅いコーリャン』として自分の映画館で上映することになったそうです。この映画は『古井戸』で主役と撮影監督を務めたチャン・イーモウが監督した最初の作品で、ベルリン映画祭で金熊賞を受賞しました。
また、同じ頃に見た台湾のホウ・シャオシェン監督作品『アハの世界』(日本題名『童年往時 時の流れ』)を素晴らしい映画と思ったそうですが、この作品を最近見直したら、最初見た時にはこの映画や台湾について本当は何もわかっていなかったのだと改めて痛感したそうです。その後、1989年に同じホウ監督の『悲情城市』が台湾映画としてヴェネチア映画祭で金獅子賞を受賞した時に、監督自身に手紙を書いて、台北まで直接会いに行ったとのことです。
最初は中華圏の映画からアジア映画に触れた田井さんは、その後韓国、インド、パキスタンなど様々なアジア映画を自分の館で上映してこられました。それらの作品を面白く見る中で、それまでよく知らなかったアジアの国々の歴史を知るようになり、例えば戦前は日本が台湾を領土としていたこと等、アジア諸国の歴史における日本の影響について考えるようになったといいます。そして、ご自分がこれまでに面白いと思われたアジア映画を、最近作まで15本程リストアップされて、短い講演時間の中で、アジア映画の面白さの一端をご紹介してくださいました。
『あなたの微笑み』の製作背景
マレーシア出身のリム・カーワイ監督の『あなたの微笑み』上映後に、田井肇さんとリム監督の対談が、ライターの佐々木亮さんの進行で行われました。
『あなたの微笑み』は、一人の監督が自分の作品の上映をお願いしながら、沖縄から北海道までのミニシアターを訪ねるロードムービーです。リム監督は、この映画の製作経緯や撮影方法について質問されると、
・それは2022年のコロナ禍の時期に、ミニシアター支援のクラウドファンディングが行われていた時期だったこと、
・脚本はなく即興で作った映画であること、
・現場で役者にシチュエーションの説明と撮影テストを行った後に実際の撮影を行ったこと
を紹介されました。
リム監督は、役者に細かい演出を与えずに映画を作り上げていくこの方法を、釜山国際映画祭の第1回アカデミーに参加した時に講師を務めていたホウ・シャオシェン監督から学んだそうです。
アジア映画の特徴と映画館の意義
田井さんは冒頭の講演で話せなかった台湾のエドワード・ヤン監督の『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』を例に挙げながら、ご自身の考えを展開されました。それは、映画はすべてドキュメンタリーであり、場の空気を作り出す中で役者が自然に動き出すのを撮影したもの、という映画論で、現代日本の監督濱口竜介氏、三宅唱氏たちに連なっていることと、その映画のアジア的な特徴の一つとして、現実を低い視点から見ており、老子の言葉「上善如水」のように器にしたがって形を変え、低い位置に身を置く水こそが最高の善、という考え方が底流に流れていることを指摘されました。
リム監督は最後に映画のタイトルについてふれました。『あなたの微笑み』の「あなた」とは、観客のことを念頭に置いたものだそうです。もともと映画は観客がいなければ成り立たず、映画館は、他の人と時間と感覚を共有することで、新たな付き合いが始まる素晴らしい場所だということを伝えたかった、という話をされたのが印象的でした。
BLOG
- 「アジア映画の面白さとは何か」講演会・上映会を終えて
- 「アジアと国際秩序の現在、そして未来」(佐橋亮氏講演会)を終えて
- 「言葉は世界を変えられるか」(中島岳志氏、國分功一郎氏の講演と対話) を終えて
- 「江戸時代における長崎への画家遊学」(福岡ユネスコ・アジア文化講演会)を終えて
- 「森鷗外とドイツ文学」(美留町義雄氏講演会)を終えて
- 「往還する日・韓文化の現在」(伊東順子氏講演会)を終えて
- 「宗教・文化からみたロシアとウクライナ」(高橋沙奈美氏講演会)を終えて
- 「変わる中国、変わらない中国」(岸本美緒氏講演会)を終えて
- 「多文化共生とコミュニケーション・外国人との共生がコミュニティを豊かにする」を終えて
- 「ラテンアメリカ文学の魔力」(寺尾隆吉氏講演会)を終えて
- 「映画創作と自分革命」(石井岳龍氏講演会)を終えて
- 「大陸と日本人」(有馬学氏連続講演会)を終えて
- アジア文化講演会「生きる場所、集う場所」を終えて
- 「多文化共生を実現するために、私たちのできること」(オチャンテ・村井・ロサ・メルセデス氏講演会)を終えて
- 「『台湾』を読む」(垂水千恵氏講演会)を終えて
- 「コロナ危機以降のアジア経済」を終えて
- 「蘭学の九州」(大島明秀氏講演会)を終えて
- 「日本語を伝達ツールとして見直していく」(徳永あかね氏講演会)を終えて
- 「七つの文学作品で読む韓国社会の過去と現在」(きむ ふな氏講演会)を終えて
- 「琉球沖縄史を見る眼 〜なぜ『茶と琉球人』を書いたのか?」を終えて
- 「日本映画は中国でどのように愛されてきたのか」を終えて
- 「魯迅―松本清張―莫言 ミステリー / メタミステリーの系譜」を終えて
- 「対外関係から見た中国」を終えて
- 「「平成」とはどんな時代だったのか」を終えて
- 「北欧諸国はなぜ幸福なのか」を終えて
- 「人口減少社会 ― その可能性を考える」を終えて
- 「19世紀ロシア文学とその翻訳」を終えて
- 福岡ユネスコ・アジア文化講演会「アオザイ」を終えて
- アジアと出会う旅 ―ボクシング資料が切り拓く日本・フィリピン関係史を終えて
- 「日本(イルボン)発韓国映画の魅力を探る」を終えて
- 「アメリカをもっと深く知ってみる―なぜトランプが出てきたのか?」を終えて
- 「香港におけるアヴァンギャルド文化とその未来」を終えて
- 「文学の国フランスへのお誘い」を終えて
- 「英国のいま、そして日本は?」を終えて
- 「言葉でアジアを描く―現代文学とアジア」を終えて
- 「外国文学を読む。訳す。~柴田元幸氏による講演と朗読の夕べ~」を終えて
- 「メディアは、いま機能しているのか?」を終えて
- 「インドから見たアジアの未来」を終えて
- 「国境(ボーダー)が持つ可能性―日本と隣国の最前線を見る」を終えて