「19世紀ロシア文学とその翻訳」を終えて

2019年02月25日

日本で最初にロシア文学が翻訳されたのはプーシキンの『大尉の娘』(1836)で、高須治助が『露国奇聞 花心蝶思録』というタイトルで翻訳して1883年に出版されました。漢文による翻訳で主人公ピョートル・グリニョフの名もジョン・スミスという英語風の名前にし、内容も短くしたり加えたりと原文に忠実な翻訳ではなかったそうです。このように明治時代のロシア文学が日本に紹介される過程がわかりやすく紹介されました。

「19世紀ロシア文学とその翻訳」講演会の沼野氏

原文に忠実な翻訳は、ロシアに対する危機感を持ってロシアを研究し始めた二葉亭四迷によるところが大きく、二葉亭は「あひびき」や「めぐりあひ」などツルゲーネフの9作品をはじめゴーゴリやゴーリキーの作品も翻訳しています。途中ロシア語の朗読も入れながら、四迷がロシアにあって日本にない概念の言葉をいかに日本語に置き換えたかなど明治期の翻訳の苦労についてお話しいただきました。

「19世紀ロシア文学とその翻訳」講演会(会場風景)

講演後の質問の時間にも、ドストエフスキー作品の新訳に対する評価についてなど専門的な質問も出て、文学好きの方との熱心なやり取りが続き、サイン会も好評でした。

「19世紀ロシア文学とその翻訳」講演会

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