「内村鑑三『デンマルク国の話』を読む——大国から小国へ」を終えて

2026年01月30日

2025年11月15日、福岡市の電気ビル共創館において、立命館大学名誉教授の西成彦(まさひこ)氏をお迎えし、「内村鑑三『デンマルク国の話』を読む——「大国」から「小国」へ」と題する福岡ユネスコ文化講演会を開催しました。

19世紀後半から20世紀初頭にかけて欧米列強を中心に帝国主義政策が繰り広げられたが、21世紀の今、再び大国を目指そうとする傾向が世界の多くの地域で見受けられてきている。そうした中で「小国」はどのようにして国や独自の文化を守り続けることができるのかについて、ポーランド文学、比較文学を専門とする西氏に、欧州の小国の歴史を参考にしながら、日本の近現代について考える機会をいただきました。

西成彦(にしまさひこ)氏 / 福岡ユネスコ文化講演会「内村鑑三『デンマルク国の話』を読む」より


 

明治日本における「小国」観

西氏はまず、明治期の日本で「小国」という概念が一つのトラウマとして意識されるようになった経緯を説明されました。「日本は小さい、でも小さいままであったら大国に潰される」という恐怖心が知識人の間に広まり、東海散士(柴四朗)の政治小説『佳人之奇遇』に代表されるように、「大国になるか小国になるか、どちらかしか道はない」という二項対立の世界観が形成されていきました。

 

内村鑑三『デンマルク国の話』

こうした戦前日本の大国至上主義の中で、内村鑑三は1911年10月に行われた聖書研究会で『デンマルク国の話』と題して講演を行い、ヨーロッパの小国デンマークの国土復興の話をしました。日露戦争が終わって6年後のことです。

内村鑑三は、1861年高崎藩(今の群馬県)の士族の生まれで、徳川が崩壊した後に新しくすがるべきものは何だろうかと途方に暮れていたときに、札幌農学校でクラーク先生の影響を受けてキリスト教に改宗し、教会を持たない「無教会派」のクリスチャンとして知られるようになりました。

彼の著作『いかにしてキリスト教徒となりしか』(1895)は北欧で次々に翻訳され、デンマーク語訳を手がけたマリア・ボルフとの文通を通じて、「私たちの国は小さいけれども私たちはみんな幸せに生きていますよ」という情報を得ました。また、アメリカで出版されたデンマークの環境保護運動に関する本を読み、デンマークが自然破壊に対して木を植えて国土を豊かにした事例を知りました。

 

エンリコ・ダルガスから宮沢賢治へ

西成彦(にしまさひこ)氏 / 福岡ユネスコ文化講演会「内村鑑三『デンマルク国の話』を読む」より

講演の中で内村が特にクローズアップしたのが、技術者エンリコ・ダルガスです。ダルガスはフランスから渡ってきたユグノー(プロテスタント)の子孫です。工兵士官である彼は、ドイツとの戦争に敗れて、デンマークの国土は縮小するのですが、人文科学、土木工学、植物学、生物学に造詣が深く、行動的に世の中を変えていく力を持った彼は、酪農と樹木を大事にするという形で、人間と自然との共生というものを打ち立てていくような国を目指して国の復興を図りました。

内村鑑三は言っています。「木材よりも野菜よりも穀類よりも畜類よりもさらに貴き者は国民の精神であります。デンマーク人の精神はダルガス植林成功の結果としてここに一変したのであります。失望する彼らはここに希望を恢復しました。彼らは国を削られてさらに新たに良き国を得たのであります。しかも他人の国を奪ったのではありません。己の国を改造したのであります」と。

西氏は、こういうダルガスに一番憧れそうなのは宮沢賢治ではないかと指摘されました。調べられた結果、賢治の友人の中に内村鑑三の弟子である斎藤宗次郎がおり、賢治の精神的支柱の一人として、また農学者としても影響を与えていたことがわかりました。宮沢賢治が内村鑑三的なデンマークに模範を見出し、「自然との共生を大切にしながら、小さくてもいいから人々の幸福を追求していく。そのために農業は基本である」という思想を学んだのではないかと論じられました。

 

敗戦後の再評価

西成彦(にしまさひこ)氏 / 福岡ユネスコ文化講演会「内村鑑三『デンマルク国の話』を読む」より

戦前の大国至上主義の日本において、『デンマルク国の話』はほとんど顧みられることのない本でしたが、それが突然脚光を浴びたのが敗戦後です。

岩波書店は1946年10月10日、敗戦のわずか1年2か月後に『デンマルク国の話』を岩波文庫として出版しました。「小国で何が悪い」という考え方は、領土を失い国土が荒廃し、縮小せざるを得なかった日本に、まさに必要とされるメッセージだったのです。

西氏は、ポーランドを中心とした欧州文学及び比較文学の知見により、作家等の国を越えた影響関係などを丁寧に説明されるとともに、日本における戦前・戦後における緑化の考え方や制度の変遷なども詳しく説明されました。

そして、最後は、「開発中心の文明化が環境を壊すことは誰もが認識している。排外主義とサステナビリティをどう調和させるか考えるときに、もう一度『デンマルク国の話』を読み返してみることで、小さい国でも自然と人間が調和し、膨張を前提としない国のあり方を問い直すことができる」と結ばれました。

内村鑑三の思想を軸に、欧州の小国の歴史と文化、そして日本における「小国」観の変遷を辿る、知的刺激に満ちた講演となりました。

会場風景 / 福岡ユネスコ文化講演会「内村鑑三『デンマルク国の話』を読む」より

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